大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(ワ)70280号 判決 1998年3月26日

主文

一  原告と被告株式会社淀川間の東京地方裁判所平成九年(手ワ)第九五七号約束手形金請求事件について同裁判所が平成九年一〇月一日に言い渡した手形判決主文第一項を認可し、第二項を取り消す。

二  原告の被告株式会社石甚に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告株式会社淀川に生じた費用を被告株式会社淀川の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告株式会社石甚に生じた費用を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金二五六万六六五一円及びこれに対する平成九年六月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)を所持している。

2  平成九年(ワ)第七〇二八〇号事件被告株式会社淀川(変更前の商号株式会社淀川木材センター、以下「被告淀川」という。)は、本件手形を振り出した。

3  平成九年(手ワ)第九五七号事件被告株式会社石甚(以下「被告石甚」という。)は、拒絶証書作成義務を免除して、本件手形に裏書した。

4  原告は、本件手形を支払呈示期間内に支払いのため支払場所に呈示したが、支払いを拒絶された。

よって原告は被告らに対し、各自、本件手形の手形金二五六万六六五一円及びこれに対する満期の日である平成九年六月二三日から支払済みまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は知らない。

2  同2及び4の事実は認める。

3  同3は否認する。

本件手形は、被告石甚が被告淀川から振出交付を受け、裏書をしないまま被告石甚の代表者方で保管中、平成九年三月二八日、他の手形とともに何者かにより盗取された(以下この盗難を「本件盗難」という。)。被告石甚名義の第一裏書は、同時に盗まれた被告石甚の代表者の個人印を用いて、何者かにより偽造されたものである。

三  抗弁

1  無権利者(善意取得の否定)

(一) 本件手形は、前記のとおり、被告石甚の代表者方から盗取され、同被告名義の第一裏書が偽造された。

(二) 本件手形の第二裏書人東京興業株式会社(以下「東京興業」という。)は、本件盗難にかかる手形のうち本件手形を含め少なくとも一七通(額面合計六二〇〇万円以上)について、偽造にかかる被告石甚名義の第一裏書に続いて第二裏書人となっている。それにもかかわらず、東京興業は、これら手形の各振出人や被告石甚に対して何らの連絡や照会をしていない。また、原告の直前の裏書人である有限会社光星技研工業(以下「光星技研」という。)は、住所が熊本市であるのに、横浜市にある原告において本件手形を割り引いている。そして、東京興業及び光星技研は、本件手形訴訟においても、適式の呼出しを受けながら口頭弁論期日に出頭せず、答弁書も提出しない。これらの事実からすれば、東京興業と光星技研のいずれも、本件手形を取得するにあたり、本件盗難の事情や、自己の前者が本件手形について無権利者であることを知っていたか、または知らなかったことについて重大な過失があったといえるから、両者ともに、本件手形の手形上の権利を善意取得していない。

(三) 原告は、平成九年四月二一日に本件手形を光星技研から手形割引により取得したと主張するが、原告もまた、以下のとおり、本件盗難の事情や、自己の前者が本件手形について無権利者であることを知っていたかまたは知らなかったことについて重大な過失があった。

(1) 被告石甚は、本件盗難直後、盗まれた手形二七三通(額面合計五億四七八三円)につき、被告淀川を含む振出人全員に盗難の事実を説明し、各振出人はいずれも速やかに支払担当者である金融機関への盗難事故届けの提出をすませた。したがって、同年四月初めには、本件盗難についての情報は、全国の金融機関に広く知られるところとなった。

(2) 本件手形の第三裏書人(ただし、抹消されている。)杉本土建工業株式会社(以下「杉本土建」という。)は、平成八年一〇月三一日、第一回目の不渡りを出している。原告は金融業者であるから、右不渡り情報について知悉しているべく、杉本土建がいったん裏書人となっている手形を取得するにあたっては、十分警戒すべきであり、直接の前者光星技研のみならず、振出人や杉本土建の前者らに対して、本件手形に関する事情を照会すべきであった。かりに、原告が右照会をしていたならば、本件盗難についての情報に接することができたのであるから、右照会をしなかったことをもって、原告には取得にあたって重大な過失があったというべきである。

(3) 原告は、同年五月一日の時点で、本件盗難の事情を相当知っており、かつ、本件手形が盗まれた手形であること、少なくとも、その疑念を相当にもっていた。そうすると、原告は本件手形の取得にあたっても、本件手形が盗難にかかる手形であるか、少なくともその疑念を相当に抱いていたといえる。

2  除権判決

加古川簡易裁判所は、平成一〇年一月二七日、本件手形の無効を宣言する除権判決を言い渡した。したがって、原告は本件手形の所持を喪失し、また、仮に、原告が本件手形を善意取得していたとしても、右除権判決によって、手形上の権利を喪失した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

2  抗弁2のうち、除権判決があったことは認めるが、主張は争う。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1の事実は、本件手形の存在と弁論の全趣旨によりこれを認め、同2及び4の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3(被告石甚の裏書)について

証拠(甲一の一から三、乙一、二、二五)及び弁論の全趣旨によれば、被告石甚は、平成九年二月一〇日、被告淀川から商品代金の支払いのために本件手形の振出交付を受け、裏書をしないまま、他の受取手形とともに被告石甚代表者自宅内の金庫に保管していたところ、同年三月二八日午後九時三〇分ころから二九日午前二時ころまでの間に、何者かが同代表者宅に侵入し、右金庫を、本件手形を含む手形二七三通(額面合計五億四七八三万三七八一円)、同被告の実印、同代表者の個人印等在中のまま盗み去ったこと(これが本件盗難である。)、被告石甚は直ちに警察へ届け出るとともに、各手形の振出人に対し盗難の事実を通知し、被告淀川を含む振出人全員が被告石甚の通知を受けて支払場所である金融機関に対して事故届を提出したこと、本件手形中の被告石甚名義の第一裏書には同被告のものと異なる記名印と右盗難にかかる被告代表者の個人印とが押捺されていること、これらの事実が認められる。

右事実によれば、本件手形の被告石甚名義の第一裏書が同被告の意思に基づいてなされたものと認めることはできず、他に請求原因3の事実を認めるに足りる証拠はないから、原告の被告石甚に対する請求は理由がない。

三  抗弁1(原告の善意取得の否定)について

1  本件手形がいわゆる盗難手形であることは、前記二のとおりである。

2  原告が本件手形を取得した経緯について、前掲各証拠及び証拠(甲二から六、甲七の一、二、甲八、九、甲一〇の一から五、原告代表者本人)並びに弁論の全趣旨によれば以下の各事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  原告は、肩書住所地において手形割引等の金融業を営むものであるが、平成九年四月一八日、かねて取引のあった光星技研の松本吉夫から、電話で本件手形の割引依頼を受け、振出人の住所氏名、金額、支払期日、支払場所等手形の記載内容を聞いた。しかし、裏書については質問しなかった。

なお、光星技研は、本店所在地は熊本市であるが、東京、横浜で営業活動を行っていたことから、原告とも数度、取引があったものである。

(二)  原告代表者は直ちに、振出人である被告淀川について、会社年鑑や民間の信用調査機関のデータを調べたり提携の同業者に問い合わせるなどして信用調査をし、同被告は信用状態に問題のない会社であると判断した。このとき原告が調査先から得た情報に、盗難情報は掲載されていなかった。

(三)  同月二一日、松本吉夫が原告に本件手形を持参した。原告代表者は、手形の記載内容と裏書の形式的連続を確認し、割引依頼人である光星技研の入手経路については、松本吉夫から、東京興業から取引により取得した商業手形であるとの説明を受け、その裏付資料として売買契約書の写しの提出を受けた。また、杉本土建名義の第三裏書が抹消されていることについては、よくあることとして不審に思わなかった。原告は、光星技研以外の裏書人とは取引関係もなく名も知らなかったが、裏書の形状に格別異常がないと判断したことから、本件手形の流通経路について疑念を抱かず、振出確認や裏書確認に思い至らなかった。

(四)  原告は、振出人の信用や支払期日までの期間から割引料を日歩五銭と算定し、本件手形の額面から割引料八万五九八二円を差し引いた二四八万〇六六九円を光星技研に交付して、本件手形を取得した。

(五)  原告は、同月末、他の手形とともに本件手形の再割引を依頼したところ、依頼先の金融業者から盗難手形であるらしいことを理由に、本件手形のみ再割引を拒否された。

(六)  原告は、翌五月一日、被告淀川に電話して、本件手形が被告石甚から盗まれた手形であることを聞き、続いて警察署と被告石甚に電話をして、その旨確認した。

3  以上の各事実、とりわけ、本件盗難の情報は各振出人や支払担当金融機関以外には明らかにされていなかったこと、原告は、かねてより割引依頼人の光星技研と取引があり、本件手形の入手経路の説明にも特に不自然な点はなく裏付け資料も得ていること、原告が割引依頼されたのは本件手形一通のみであり、金額も光星技研との従来の取引経過よりして高額とはいえないこと、本件手形の形状には第三裏書の抹消も含めて特に異常な点があるとまではいえないこと、原告は光星技研に対し、被告淀川の信用に相応した割引金を支払っていること等の事実よりすれば、原告が本件手形を取得するにあたり、本件手形が盗難手形であることを知らなかったことは明らかである。また、本件手形の流通経路につき、前者らが無権利者であることが疑われ、ために振出確認や裏書確認をすべきであったといえるほどの事情も見当たらないから、原告には、本件手形が盗難手形であることないし前者らの無権利の可能性を知らなかったことにつき重大な過失があったともいえない。したがって、少なくとも原告については、善意取得をしていないとはいえないから、抗弁1は理由がない。

四  抗弁2(除権判決)について

平成一〇年一月二七日、被告石甚が本件手形につき、加古川簡易裁判所より除権判決を得たことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、前記三認定のとおり、原告は、除権判決前である平成九年四月二一日、本件手形上の権利を善意取得している。また、原告が、除権判決確定当時、本件手形の適法な所持人であったことは明らかである。右除権判決の確定により、被告石甚は本件手形上の権利を行使するための形式的資格(所持)を回復し、被告淀川は除権判決確定後に悪意又は重大な過失なく手形を取得した者に対しても支払いを拒絶しうるものである。しかし、除権判決は、その確定前に喪失手形を悪意又は重大な過失なく取得し、手形上に署名した者に対して手形債務者としての責任を追求し得た者の実質的権利までも消滅させる効力を有するものではない、と解されるから、原告が右除権判決前に本件手形を善意取得し右除権判決確定当時本件手形を適法に所持していた以上、右除権判決も、原告の有する実質的権利に何ら影響を及ぼすものではない。当裁判所は、被告らの引用する判例(最高裁昭和四七年四月六日第一小法廷判決・民集二六巻三号四五五頁)の趣意は、適法に振り出された手形の所持人がその手形を喪失して公示催告の申立てをした場合、除権判決の確定前に当該手形を善意取得した者が現われ、したがって除権判決により権利行使の資格を回復した手形喪失者との間に権利行使の資格の競合状態が生じた場合であっても、同様に妥当するものと考えるものである。以上より、抗弁2は理由がない。

五  以上のとおり、原告の被告淀川に対する本訴請求は理由があるから、これと符合する主文第一項掲記の手形判決主文第一項を認可し、原告の被告石甚に対する請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

口頭弁論終結の日 平成一〇年三月五日

(別紙)

手形目録

約束手形

手形番号   Z 08159

金額     金2,566,651円

支払期日   平成9年6月23日

支払地    兵庫県高砂市

振出地    兵庫県高砂市

支払場所   但陽信用金庫高砂西支店

振出日    平成9年2月10日

振出人    株式会社淀川木材センター

受取人    株式会社石甚

第1裏書人  同上(支払拒絶証書作成義務免除)

被裏書人   白地

第2裏書人  東京興業株式会社(支払拒絶証書作成義務免除)

被裏書人   白地

第3裏書人  有限会社光星技研工業(支払拒絶証書作成義務免除)

被裏書人   白地

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例